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子どもに語る北欧の昔話 [昔話]

〇りすとてぶくろと針
「りす」と「てぶくろ」と「針」が一緒に住んでいて、森へでかけます。針は泉とか腐った木の切り株をみて、「いいものみつけた!」と二人に報告するのですが、二人はちったもめずらしくないと馬鹿にします。しかし針が鹿をみつけて草にまぎれて食べられたあと体の中で暴れて鹿を殺したのをみて、二人は感心し、針に言われたとおり、泉の水をくんで、腐った木の切り株を薪にして鹿を料理したのでした。

〇北風をたずねていった男の子
まずしい家の男の子が粉を運ぼうとしたら、3回も北風に粉をふきとばされてしまいます。
男の子は北風のところへいって、粉を返してもらおうとしますが、北風は返せないと違う宝物をくれます。しかし、帰りに泊まった宿の主人とおかみさんが宝物をガラクタとすりかえてしまいます。これが2回続いたあと、3回目にもらった魔法の混紡で宿の主人から宝物を取り返し、男の子は家に帰りました。

〇銅の鍋
昔金持ちだった家の奥さんと息子が、今は地主に借金をかかえてお金を返すことができません。息子は川をわたろうとしていた小さなみすぼらしい男を手伝って銅の鍋をもらいます。これを火にかけて頼めばなんでももってきてくれるのです。二人は鍋に頼んで地主さんの家からお金を持ち出しました。地主さんは怒って鍋を捕まえようとしたら鍋にはまって動けなくなりました。息子は地主さんの娘と結婚するのを条件に鍋からだしてあげました。しかし、結婚式の日に鍋はきえてなくなっていました。

〇屋根がチーズでできた家
子どもの肉を食べるのが大好きなトロル女の家は屋根がチーズでできていました。
貧しい小作人夫婦の息子と娘がチーズを食べて、つかまります。
息子は知恵のある子で、太らせてから食べた方がいいとトロル女を説得し、時間を稼ぎ、食事ももらいます。
いよいよかまどにいれられそうになると、焼き板から転げ落ちてみせて、乗り方がわからないといい、トロル女に見本をみせてくれと頼んでだまし、かまどで焼き殺してしまいます。
二人はトロル女の宝物をもって家に帰りました。

〇ちいさなおいぼれ馬
美しいものが好きな王子はみにくいものが許せません。ある日うすぎたない老人とみっともない馬をみて追い払わせましたが、老人は魔法使いだったので王子は小さな老いぼれ馬にされてしまいます。そして「けがれのない姫が、おまえを一番大切な友達」といってくれるまで呪いはとけないのです。
農家の息子ハンスにひろわれた馬は一生けん命働きハンスと仲良くなりますが、ハンスの父親は馬をうりはらおうとします。ハンスはなんとか邪魔をしようとしますが、とうとう馬は売られてしまいます。ハンスは馬をおいかけていきました。
お城の下のお姫様に引き取られることになった馬をみつけハンスも世話をするため一緒にお城に行きます。
お城には二人のお姫様がいて、上のお姫様が母親の形見の指輪を魚釣りのときになくしてしまいます。馬が蹴り上げた魚から指輪がみつかりハンスは上のお姫様は結婚させられそうになりますが、正直なハンスは指輪をみつけたのは馬だといいます。
馬が上のお姫様と結婚させられそうになったとき、下のお姫様が馬にすがりついて「お前は私の一番の友達」といったので呪いは解けて、王子と下の姫が結婚して王子の国に帰り、ハンスと上の姫が結婚して王国を継ぐことになったのでした。


〇正直な若者とねこ
欲張りな父親の遺産をついだ息子が夢のお告げをうけます。
父親がよくない方法で残した財産は、半分は貧しい人に分け与え、半分は海に捨てろ、そしてうきあがってきたものだけをうけとってよい。
息子は夢の通りにして6スキリング手に入れ森に行きます。泊めてもらった家にいた猫を残ったお金で手にいれて旅をつづけ、お城にやってきます。
お城ではねずみが食卓をかけまわっていたので、ねこが追い払います。感謝した王様は息子をお姫様と結婚させてあととりにしたのでした。結婚式には息子を旅の途中で泊めてくれたひとたちが呼ばれ、みんな大臣になりました。

〇トロルとうでくらべをした少年
ヤギ飼いのラッセは偶然トロルの小屋をみつけます。最初は怖かったのですが、知恵を使ってトロルをだまし、家に入り込んで策略でトロルをやっつけて宝をもって家に帰ります。
おかゆをどれだけたくさん食べれるか競争して、こっそりおなかのところにつけた袋におかゆをためておいて、おなかがいっぱいになったら腹を切ってだすんだといって、袋を切ってみせたらトロルは本当に自分のおなかを切って死んでしまった。

〇トリレヴィップ
一人の娘が教会の帰りに独り言で数を20まで数えていました。それをお屋敷の若様にきかれたので、一晩でつむ糸の数を数えていたといいわけします。お屋敷によばれ一晩で20の糸をつむようにいわれますが、できません。こびとのニッセがあらわれてお嫁さんになってくれれば手伝ってやるというので娘は承諾します。しかし、あとで後悔しました。
一方お屋敷の奥様は娘が働き者だから若様と結婚させようとします。娘はニッセのことがいいだせなくて準備がととのえられていきます。娘が元気がないのでニッセが理由をきくと、娘は訳を話します。ニッセは自分の名前をあてたら自由にしてやる、期間は3日で、あてられるのは3回といいます。
お屋敷の漁師が結婚のごちそうのために毎日狩にでて、ニッセが踊りながら自分の名前はトリレヴィップでもうすぐ娘と結婚できると歌っているのを聞きます。娘の友達がこの話をきいて娘に伝えたので、娘は名前をあてて、若様と結婚できました。
親切なニッセは結婚式に醜いおばあさんが来るから、大事にもてなすようにといいのこします。おばあさんたちは、糸をつむいで目が赤くなり、口は裂け、足が悪くなったといったので、娘は若様から「もう糸をつむがなくていい」といってもらえたのでした。

〇いのちの実
りんご畑を相続した3人兄弟ですが、上二人が畑を半分にしてしまい、末っ子はりんごの木1本しかもらえませんでした。畑には「いのちの実」をつけるりんごがあると父親は言い残していましたが、どの木なのかは教えませんでした。
国のお姫様が病気になったとき、上の二人の兄は自分の畑のりんごをもっていって運試しをしようとしますが、森であった老婆にうそをついたため、りんごは違うものに変わってしまい、追い返されました。弟は正直に対応したので、弟のりんごでお姫様は元気になりました。
王様はお姫様と結婚させようとしますが、お姫様は身分違いの男を嫌って無理難題をふきかけます。弟は旅の途中で助けた川カマス、ミツバチ、カラスの助けをかりて切り抜け、二人は結婚するのでした。

〇リヌスとシグニ
王子のリヌスは狩にいってトロル女に捕まってしまいました。王様は王子をみつけたものに国の半分を与えるとおふれをだします。
小さな小屋に年取った両親と住んでいるシグニは王子を探しに森に行きました。トロル女の家で眠っている王子をみつけますが目をさましません。娘は家にかくれて王子の眠りをさます方法を知ります。王子はトロル女に結婚してくれてといわれて断り続けていたのです、トロル女たちは(二人いるのです)、自分たちがでかけている間王子が逃げないように魔法で眠らせていたのです。
シグニはトロル女たちの留守に王子をおこして、トロル女たちが森でなにをしているか、王子の寝かせられているベッドに掘ってあるルーン文字の意味をききだすように助言します。
ベッドはルーン文字の呪文をとなえると空を飛んで好きなところへいけるものでした。そしてトロル女たちは昼間森で卵の投げっこをしていて、卵を落とすと死んでしまうこともわかりました。二人はベッドでトロル女たちのところへいって王子がやりで卵をわって、トロル女たちを殺し、宝物をもってシグニの家に戻ります。
そして王子はお城に戻り王様にお願いしてシグニと結婚します。

〇おんどりときつね
きつねとおんどりのだましあい。きつねがおんどりを騙して両目を閉じさせてさらっていきます。しかしさいごにおんどりが猟師が来たとウソをついてきつねを追い払いました。

〇赤いめ牛
お后様を亡くした王様が、自分の娘と結婚しようとします。娘はいやがり泣いているとおばあさんが来て知恵をさずけてくれます。なぜか「カラスのくちばしでドレスをつくる」とか。
でも結婚させられそうになったので、カラスのくちばしのドレスをもって赤いめ牛にのって娘は城をでていきます。
銅と銀と金の森をとおるとき娘はめ牛のいうことをきかず、め牛は雄牛とたたかうことになりましたが、なんとか倒してお城にたどりつきました。そこで娘は料理番にしてもらいます。
みんなが教会にいくとき娘は一人で残って料理をしていましたが、め牛の助言でカラスのくちばしのドレスを着て教会にいきました。(料理はめ牛がしました)娘の美しさに王子様は声をかけようとしますが、礼拝が終わるころ娘は森で手に入れた魔法の葉を使って消えてしまいます。しかし3度目に王子は靴を手にいれました。
国中の娘にはかせてみましたが合いません。最後に王子の母親が料理番の娘を思い出しはかせてみたらぴったり。二人は結婚することになりました。結婚式には娘の父王もよばれお祝いにきてくれました。

〇屋敷こびと
大きなお屋敷のご主人がとびきりおいしい食事をつくるように料理人にいいつけます。しかし料理ができると屋敷こびとが来て、すべて食べてしまうということが3度続き、料理人は首になってしまいます。屋敷こびとは料理人に好きなものがだせる小箱をくれました。
料理人のあとに召使頭が料理をしていましたが、この小箱が欲しくなりました。(その前に屋敷の主人の命令で屋敷こびとをおたまで殴っていたんですけどね)そして屋敷こびとを呼び出して、いらないというのにスープを味見させ小箱を手に入れます。しかしそれはトロルがでる小箱で、主人と召使頭はさんざん殴られました。そのあと屋敷こびともいなくなってしまいました。

〇ドブレ山のねこ
おおきな白熊をつかまえた男が王様に届けるために旅して、クリスマスイブの晩にドブレ山のふもとにつきました。ハルヴォルという男の小屋に泊めてもらおうとすると、クリスマスイブには大勢のトロルがくるので家をあけなければならないというのです。男はトロルがいてもいいからと白熊とともに泊まることにして、ハルヴォルの一家は外にいきました。夜トロルたちがきて騒いでいると、白熊の鼻にあついソーセージがあたってしまい、トロルたちは追い出されてしまいます。
翌年、ハルヴォルが木をきっていると、森の奥から「お前の大きな猫はいるか?」と声がします。ハルヴォルが「いるよ、子猫が7匹うまれて、親猫より乱暴だ」と答えると声は「お前のところには金輪際いかない!」といって、それからはハルヴォルの家にトロルは来なくなりました。

〇木のまたアンティ
二人の預言者が旅の途中で泊まった家で男の子が生まれました。預言者が占うと、ちょうどその家に泊まっていた毛皮商人の跡取りになるとでました。これを聞いた商人は予言が実現しないように、男の子をもらいうけ(その家にはすでに子どもがたくさんいたので)森で木のまたに赤ん坊を挟んで立ち去ります。しかし、狩人が男の子をみつけてアンティと名付けて育てました。「木のまたアンティ」と呼ばれていました。
何年か後に商人がとおりかかり、名前から自分が捨てた男の子と悟りました。商人は家に手紙を届けてほしいとアンティに頼み、その手紙にアンティを殺してしらかばの木に吊るすように書いたのでした。そうとはしらないアンティは手紙をもって旅にでますが途中で眠くなって眠っているうちに、いたずら好きな二人組が手紙をみつけて商人の筆跡をまねて書き換えてしまいます。手紙はアンティを娘の婿にして、犬をしらかばの木に吊るすようにとかかれていました。家の人たちはいうとおりにしました。
家に帰ってびっくりした毛皮商人は、アンティを厄介払いしようとポホヨラに行って北の館の女主人、かしこいロウヒに人間にとって幸せとは何かきいてくるようにいいます。
アンティは旅にでて、途中困っている男やおばあさんにもロウヒへの質問を預かってすすみます。
ロウヒの館には娘がいて、アンティを気に入って助けてくれます。ロウヒは普通に質問してもダメなので、娘がそれとなく聞いてくれて、アンティは隠れてその話をきくのです。
アンティは途中で質問の答えを教えて宝物をもらいます。
毛皮商人はアンティが妬ましくてたまらなくなり、自分も旅にでます。
ところでアンティが預かった質問の中に、渡し守のおばあさんがどうしたら仕事をやめれるか?というものがありました。答えは「今度人を渡したら先に岸にあがって、左肩で船を押し戻し、私は地面の上に、おまえさんは船の中にという」というもので、毛皮商人はおばあさんの代わりに渡し守になって佳恵ってきませんでした。
ちなみに人間にとっての幸せは「大地とともに働くこと、木を切り倒し、根を掘り起こし、石を集めて水路をつくり、地面をたがやすこと」だそうです。


子どもに語る北欧の昔話

子どもに語る北欧の昔話

  • 作者:
  • 出版社/メーカー: こぐま社
  • 発売日: 2001/11
  • メディア: 単行本



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平家語物 (上)(中)(下)―マンガ日本の古典 (10) (11) (12) [歴史]

絵は横山大輝。これもぴったりですねえ。

冒頭は有名な「祇園精舎の・・・塵に同じ」と見開きの京の絵からはじまります。多分京だと思う。
そして平清盛の六波羅の家へズームイン。
物語は清盛が50歳で太政大臣一位になったところからはじまる。
ここで、武士の歴史のおさらい。
400年続いた藤原貴族政治のなかで武士は地下人とよばれ、わずかの領地をもらって貴族の番犬のような存在だった。
武士のなかでも東の源氏、西の平家は名門だったが、どちらかというと源氏のほうが摂関家にきにいられていて勢力は強かった。しかし保元、平治の乱で敗れたほうに味方したため勢力がよわまった。
保元の乱のあと、関白の義兄・藤原信頼が大将の位をもとめてきたのを信西が断り、それを恨んだ信頼が源義朝をつかって信西を討ち取り、帝と上皇を閉じ込めた。しかし清盛が二人をうちとり、これから清盛の出世が始まる。このとき源義朝の子どもたちも殺されるところだったが、清盛の母のとりなしで頼朝は伊豆へ、そのほかの子どもたちは出家させることにしてそれぞれ違う寺に預けた。鞍馬寺に預けられたのが義経である。
清盛の妻時子の妹慈子が後白河上皇の妻になり皇子を生んでいたことも影響していたらしい。清盛の出世は藤原氏っぽいんだね。

清盛が太政大臣になって4か月、病に倒れた。そのころ二条天皇は崩御、二歳の六条天皇が即位していた。清盛に万が一のことがあってはと考えた後白河上皇は、慈子の産んだ皇子を即位させ高倉天皇とした。この皇子は第7子であったが慈子を寵愛していた後白河上皇の意向である。しかし、清盛は回復し、長寿を願って仏門に入り清盛入道相国と呼ばれることになる。後白河上皇も仏門にはいり法皇となった。

平重盛の長男が摂政の車が通るとき馬からおりなかったので、乱暴をうけ、清盛が激怒したが、重盛は「非はこちらにある」と諭した。しかし清盛は反撃をしてしまう。すると重盛は実行者を解雇して、息子を謹慎させた。みな重盛の公平な裁きに感心したという。しかし、平家の横暴を嫌う貴族たちも大勢いた。
高倉天皇は清盛の娘徳子と結婚。徳子は皇后になる。

平家に反発する貴族たちが鹿谷(ししのたに)で法皇をまじえて平家を討つ密議をしていたが、計画の途中で比叡山とのトラブルが発生。強訴(天皇の祖霊をまつる神輿をかついだ僧兵が朝廷や摂関家へおしかけること)に発展するが、これを平家の武士たちが撃退。それをみた密議に参加していた多田蔵人行綱が清盛に陰謀を密告。西光らが捕まり処刑された。陰謀に加担していた重盛の舅は一度は重盛に救われるが流刑先で亡くなる。
清盛は法皇も軟禁しようとするが重盛に止められる。そして兵を自分のところへ集めたので清盛は「これでは院をせめるなどできない。よくできた息子だ」と、法皇の軟禁を諦め、福原の街づくりに力をいれることにする。清盛は宋との貿易に力をいれていたのである。

清盛の娘徳子は皇子を生む。このことで清盛と院との勢力争いは激しくなる。
さらに重盛が43歳の若さで亡くなり、院と清盛の関係は悪化。ついに清盛はクーデターをおこし関白や太政大臣らは幽閉され、法皇も鳥羽の離宮に幽閉された。
高倉上皇は20歳で譲位。三歳の安徳天皇が即位する。高倉上皇はまず平家の守り神厳島神社に社参し、清盛の機嫌をとり、父である後白河法皇の幽閉をといてもらった。

後白河上皇の第二皇子以仁(もちひと)親王は、高倉上皇の母慈子にうとまれ、30歳をむかえてもひっそり暮らしていた。かれに平家討伐をもちかけたのは源三位入道頼政。かれは源氏でありながら平治の乱のときに朝廷に弓はひけないと平家方にくわわった源氏である。そのまま平家の世の中で出世していたが、70歳をすぎてついに反旗をひるがえしたのだ。理由は息子が清盛の三男宗盛に侮辱されたためである。親王は頼政に説得され平家討伐の令旨をだす。各地の源氏はよろこんで立ち上がったが、令旨がばれて親王は女装して園城寺逃げ出す。園城寺は比叡山や興福寺に助けをもとめる。興福寺は賛同してくれたが比叡山は断ってきた。源入道頼政と息子たちも親王を守ろうとするが、源氏の武士たちが集まる前に平家の討伐軍によって反乱軍は討ち取られてしまう。親王を逃がして覚悟して自害した。親王も興福寺まで逃げきれず殺される。

この乱のあと清盛は園城寺を攻め焼いてしまう。そして福原に遷都を命じる。比叡山と興福寺の動向を気にしてのことだった。貴族たちは驚いたが仕方なく従い、京は廃墟と化してしまう。福原では法皇は三方壁の部屋にいれられていたという。
福原の清盛のところへ源氏の棟梁頼朝が決起したとの情報がはいる。清盛は3万の軍勢をさしむけるが、坂東武者の武勇を恐れていた平家は水鳥の羽音を源氏の奇襲だと思って逃げかえってしまう。頼朝は平家は撤退したが兵はうしなっていないこと、また朝敵になることをおそれて追撃しなかった。
清盛にとってははじめての負け戦だった。

比叡山のすすめで清盛は京へ遷都することにする。比叡山が興福寺との間をとりもつと約束したからである。しかし興福寺は話し合いに応じなかったので清盛は兵をおくり東大寺など南都一帯が炎上。
心労のためか高倉上皇が崩御。父後白河法皇と、息子安徳天皇の板挟みになっていた人だった。

木曽義仲は、頼朝のいとこにあたる源氏ではあるが、内輪もめから頼朝との仲は悪かった。信濃で兵をあげた。これに続いて九州、四国でも源氏に味方する兵がでていると報告がはいる。宗盛が追討軍を動かそうとしているとき清盛が危篤になり中止、その後清盛は64歳で世を去る。

越後の城四郎助茂(じょうのしろうすけもち)は平家の要請で木曽義仲を追討する4万の兵をおこすが、3000の義仲軍は平家の赤旗で近づいて一気に相手を蹴散らし追い返した。
これをきいて周囲の兵があつまり義仲の軍は5万にふくれあがった。
平家は10万の追討軍をおくった。義仲は5万で迎え討ち、山の地形を利用して、矢合戦で平家の注意をひいているうちに兵の一部に背後にまわし、夜に鬨の声をあげさせて慌てた平家軍を倶利伽羅谷へ追い込んだ。あわてた平家軍は次々と谷におちて敗れた。

木曾義仲が京へくるときいて平家は福原へ向かう。しかし後白河法皇は鞍馬寺へ逃げ込み、平家は連れ出すことができなかった。安徳天皇と徳子、三種の神器などをもって平家は逃げ出した。武者のなかには妻子を京に残したものも多かった。
3年間放置されていた福原はあれはてていた。そこで船をしたてて太宰府にいくことにした。このとき7000騎ほどになっていたという。

木曾義仲が京にはいり法皇は御所にもどった。義仲は従五位佐馬頭になり、他の源氏の諸将も平家から没収した領地や位をもらった。しかし京にはいった兵たちは略奪をおこなったので人々は苦しんだ。法皇や貴族たちは義仲を平家討伐にむかわせようとしたが、三種の神器が平家方にあるため困っていた。法皇は孫の四宮を後鳥羽天皇として即位させる。これで安徳天皇と二人の天皇がたつことになった。

平家は太宰府に逃れたが法皇の命令をもった使者がきたため、昔平家の家来だったものたちも平家討伐にまわるようになり、平家は戦おうとしたが九州の各地から相手方の兵があつまってきたためやむおえず箱崎の津に撤退した。ずぶぬれになり女官は裸足で歩くようなありさまだった。

その後海上に逃れたが、上陸しようにも敵が来るとの知らせばかりでうまくいかない。重盛の三男は悲観して笛を吹いてから入水自殺してしまう。
長門の国(山口県)は新中納言知盛は清盛の四男の領地である。ここの目代が平家の窮状をしって大船や衣服・弓矢などを用意してくれて、平家は讃岐(香川県)の屋島に向かう。そして各地の平家に反攻の使者を送った。平家はたちあがり山陽道8か国、南海道6か国を討ち取った。
義仲は7000騎の平家討伐軍を屋島に送ったが舟の合戦に不慣れな源氏は大敗する。
義仲は1万の兵をひきいて自分で平家討伐へ向かった。それにさきだって征夷大将軍にしてほしいと法皇に頼んでいた。それをきいた法皇は僧兵2万をおくって義仲を追討しようとする。怒った義仲は京へ引き返し僧兵をけちらして法皇、天皇・公卿たちを幽閉する。そして平家と手をくんで頼朝に対抗しようと福原の平家に使者をおくるが、平家に「自分たちは官軍だから、そっちが降伏してこい」といわれて怒る。

木曾義仲に襲われた法皇は頼朝に義仲討伐の使者をだしていた。
頼朝は異母弟の範頼・義経二人に6万の兵を与えて義仲討伐にむかわせる。二人には武士が貴族の飼い犬にならぬよう朝廷から位をもらわないようにと言い含めた。
義仲は宇治川で迎え撃ったが敗れ、法皇を連れ出そうとするも義経にさきまわりされ万策尽きて討ち取られた。このとき巴御前も活躍していた。

法皇は範頼と義経に平家討伐を命じるが、二人は頼朝の命令で院宣をもらうようにいわれていると伝え、手にいれる。平家には天皇と三種の神器があるので、朝敵にされないためである。
義経は夜をおして強行軍をおこない平家の陣を襲った。合戦は明日と油断していた平家は驚いて敗走。義経はさらに一の谷の背後、鵯越をおりて平家をけちらした。このことで範頼率いる本隊は、平家をはさみうちできる状態になり、驚いた平家は海に逃れようと敗走。清盛の五男重衡が捕らえられる。熊谷次郎直実が息子と同じ年頃の若武者を手にかけようとして躊躇するのもこの場面。この若武者は清盛の異母弟・経盛の息子敦盛だった。
法皇は重衡を返す代わりに三種の神器を返すようにいうが、平家は断り、重衡は鎌倉に送られた。それを聞いた四国の維盛(重盛の子どもで27歳)は先を悲観して出家したのち那智の沖で入水。家来二人が殉死した。

頼朝の命令で範頼は山陽道から義経は四国の屋島を攻めるようにいわれた。
義経は摂津に船を用意したが悪天候でかなり破損。それでも義経は夜中に船頭を脅して出発。勝浦まで3日かかる航路を5時間で着いた。たった70騎だったが、屋島の1000騎の平家を夜襲して海に追い出した。朝になって相手の数を知った平家がもどってくるが、命知らずの70騎が戦っているうちに四国の各所から兵があつまりだしたので、援軍を恐れた平家は逃げ出した。那須与一が船の扇を射抜く話はこのときである。
結局平家は長門をめざして逃げて行った。
義経が船を出す前に、味方の武将と口論になり、それから頼朝に告げ口をされるようになった。頼朝は義経の無謀ぶりを法皇にとりいるためではないかと疑うようになる。

義経は船での戦のために熊野水軍の力を借りることにする。弁慶が昔熊野水軍にいたのである。水軍とは当時の海賊である。熊野水軍の協力を得て義経は200艘の軍船で平家を追い、周防で範頼と合流した。しかし勝手に熊野水軍と交渉したことも頼朝の怒りを買うことになった。
源氏の旗色がよいと判断した兵力が集合し、源氏の船は3000艘まで増えていた。
元暦二年(1185)3月24日、源氏は長門壇之浦での決戦に向かう。平家は1000艘の船で迎え撃った。矢をあわせ、その後相手の軍船へ切り込むのである。最後を悟った安徳天皇と徳子、そして祖母の時子は次々と入水。三種の神器も海に沈められそうになった。徳子と神器の一部は源氏によって救い出された。宝剣だけはみつからなかったので、伊勢のものを宝剣とした。
能登の守教経は平家の武者としてすばらしい働きをしていたが、知盛があまり罪をつくらぬようにというので、源氏の武者と組合をして二人を道連れに入水した。すべてを見届けた知盛も入水。
総大将の宗盛は逡巡しているところを部下につきおとされたが、おもりをつけていなかったので浮いてしまい、捕らえられた。そして捕らえられた男たち38名は京を引き回され鎌倉に送られて打ち首になった。

徳子は尼になり平家の菩提を弔った。
平家滅亡の4か月後には頼朝は義経追討令を出す。



平家物語(上)―マンガ日本の古典 (10)

平家物語(上)―マンガ日本の古典 (10)

  • 作者: 横山 光輝
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/01
  • メディア: 単行本



平家物語(中)―マンガ日本の古典 (11)

平家物語(中)―マンガ日本の古典 (11)

  • 作者: 横山 光輝
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/09
  • メディア: 単行本



平家物語(下)―マンガ日本の古典 (12)

平家物語(下)―マンガ日本の古典 (12)

  • 作者: 横山 光輝
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1996/03
  • メディア: 単行本



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今昔物語(下)―マンガ日本の古典 (9) [歴史]

読み聞かせ時間・・・中学生男子はこのシリーズ読まないって決めたようなので一人で読んでます。30分くらい
ウケ度・・・全然興味なかったようだ。
印象度・・・絵は、水木しげる。これもお話にあっていていいなあ。

〇ねずみ大夫
藤原の清廉は、大蔵の大夫とよばれていたが、世間の人たちは「ねずみ大夫」と呼んでいた。それは異常なくらい猫を怖がるから。
清廉は山城、大和、伊賀の三国にたくさんの田をもっていた。
藤原の輔公が大和の守のとき、租税をまったく納めなかったので、大和の守は呼び出して部屋に閉じ込め猫をけしかけて約束状をかかせた。

〇安倍晴明
京都に住む陰陽師安倍晴明は、師をしのぐ技量をもち、狐の子などといわれるほどだった。
子どものころ師の伴をしていて鬼の行列をみて、車をとめたので、師が隠形の術をつかい大事にいたらなかった。
安倍晴明は式神を使うことで右にでるものはないといわれていた。式神とは呪詛に使う一種の鬼神である。
ある日、一人の老僧が二人の童子をつれて清明を訪ね、陰陽道を習いたいという。僧がかなりの使い手で童子が式神であることをみぬいた清明は、童子を隠してしまう。あわてた老僧は清明にあやまり弟子にしてほしいというのだ。
ある日、宮中に参内する若い少将の烏帽子にカラスがフンをするのをみて、カラスは式神とみぬき、家で護身術をしていると、はたして呪詛がおくられてきたので、清明はそれを送り返しさらに自分の式神も送ったので相手の陰陽師は亡くなってしまった。犯人は若い男の相婿だったが、それがわかると家からおいだされてしまった。
また、あるときは試みに池のカエルを殺してみてくれといわれ、葉っぱに呪文をしてカエルになげて殺す。
清明は12の式神を使っていたが、醜悪なので妻が嫌がり、京の一畳のもどり橋の下において、用があるとき呼び出していたという。

〇稲荷詣で
京都伏見二月初午の稲荷大社は参詣のひとたちでにぎわっていた。
近衛府の舎人たち6人が参詣するなかに色好みといわれる男がいた。さっそく美人を探して声をかけるが、なんと相手は自分の女房だった。
さんざん女房の悪口をいったあとだったので、男はなぐられののしられた
妻は「いままで人のいうことは信用しないで信じていたが、話が本当だとよくわかった。もう帰ってこなくていい」といいすてていってしまった。
男はそれでも妻のところへいって謝ったが、妻は「私も着飾って外にでればまだまだ声をかけてもらえるってわかったわ」という。
世間の笑いものになり、妻に愛想をつかされた男は数年後にぽっくり死んでしまったが、女ざかりの妻は再婚したという。

〇幻術
陽成天皇の時代。滝口の侍である道範が陸奥の金を運送上納するため信濃の国の郡司の家にとまった。眠れないので家のなかを歩いていると、郡司の妻らしい女性が寝ている。来客があると接待は妻にまかせ、男は外に宿泊するという習俗があるので、だれもいなかったので、道範は情を通じてしまうが、途中で股間のモノがなくなっている。
道範は、自分の家来たちもけしかけて同じことをさせると、みなモノがなくなってしまう。
怖くなった道範一行は早々に出立するが、男がおいかけてきて郡司から届け物があると手渡したのはモノがはいった包み。そしてモノがもどってきた。使いに男によるとこれは郡司の幻術であるという。
おもしろくなった道範は帰り道に郡司に幻術を教えてほしいと頼み込む。郡司は金を京都に届けたら習いにくるといいという。
いよいよ修行にはいるが、幻術は仏道に反するので誓願をたてろという。そして川上から流れてくるものに抱き着くようにいわれるが、最初に流れてきたのが大蛇でだきつくことができない。次のイノシシがきたがなんとかつままえた。
しかし最初のに抱き着けなかったので、モノをかくす術はおしえてもらえず、他の簡単な術を教えてもらった。道範としてはモノをかくす術を教えてもらえず残念だった。京にかえって術を披露していると天皇の耳にはいり、教えたが、履物を動かして喜んでいる天皇をみて「めでたいな」とためいきをつくのだった。仏道に反する幻術にはまる天皇の評判がおきて、そのためか天皇は狂気になってしまう。
道範は幻術は他人だけでなく己も惑わすなあと思うのだった。

〇妻への土産物
ある男が難波の海岸でハマグリに海松(みる)がくっついたものを拾う。
珍しいので女への土産物にしようと童子にもたせるが、「あの女」といったため、童子はてっきり妻のことだと思ってハマグリを渡してしまう。しかし男は長い間妻のところへは帰らず他の女のところへいりびたっており、そちらに送ったつもりでいた。
妻は突然の土産物に、驚き、多分童子がまちがえたのだろうとは思ったが、眺めて楽しむことにした。
男が京に戻ると土産物が妻のところへいっているとわかる。男が土産物を説明すると女はハマグリを食べて梅松は酢のものにするという。男は夢のない女だと思ったが、童子をしかって妻のところから土産物をもってこさせる。妻は残念がったが、包み紙に歌を書いて包むと童子にもたせる。
その歌をよんで、自分をうらまず土産物を眺めて楽しんでいた妻を好ましく思った男は妻のところへ帰るのだった。

〇水の精
陽成院の崩御したあと、その敷地は人が住むようになったが、南の池のある方の家で縁側で男が寝ていると、杖をもった小さな老人がやってきて起こす。男はいろいろきくが、老人はなにもいわないで池にかえってしまう。友達も不審がってひとつ捕まえてみようということになり、うまく捕まえると老人は「たらいに水をもってきてくれ」という。そして「私は水の精だ」というとたらいの水のなかに消えてしまった。しかたないので男と友達は水を池にもどしてやった。水の精はそれから二度とでてこなかった。

〇墓穴
近江の国篠原を美濃の国をめざして男があるいているとひどい雨風になった。
墓穴をみつけて避難していると、他の旅人が雨をさけてやってきた。そして主がいたらと供え物をした。先に入った男はその供え物を食べてしまう。
供え物をした男はびっくりして、こんなところにいるのは神ではなく鬼だといって荷物を置いて逃げ出してしまった。荷物は反物で男は幸運なんてどこに落ちているかわからないといって、反物をもって旅をつづけた。

〇引出物
色事師平中と藤原時平が女の話をしているとき(両方ともかなりのプレイボーイ)籐大納言の北の方が美人だと平中がいいだす。籐大納言は時平の伯父だが80過ぎの老人である。自分の方が美人にふさわしいと思った時平は、正月の年賀に伯父の家に行き、酔いをさましてから帰ると、他の人が帰っても残っていた。そして伯父が引出物に馬を二頭と琴を用意したというと、「伯父上ならではご自慢ののものをいただきたい」といいだす。酔っていた籐大納言は「自慢の妻」を引出物にしてしまい。時平はまんまと女を手にいれる。
女も時平の男ぶりにのぼせていたので、めでたしめでたし。気の毒なのは籐大納言である。

〇外術使い
村人たちが瓜を背負って売りに行く途中、みずぼらしいおじいさんに会う。男たちが自分たち用の瓜をたべていたので、おじいさんも欲しいというが、男たちはあげない。
おじいさんは男たちの捨てたタネを拾ってうえるとみるみる芽がでて瓜がなった。おじいさんは瓜を食べ始め、男たちにも食べろという。男たちは大喜びで腹いっぱいたべたが、きがつくとおじいさんはいなくなっていて、自分たちがかついできた瓜もなくなっていた。

〇寸白男
寸白とはサナダ虫のことである。
ある女が腹のなかに寸白をもっていて、その息子がおおきくなって出世して信濃の守になった。信濃の国ではクルミが名産で酒でも料理でもクルミがはいっている。信濃の守はそれを飲むと苦しみだす。土地の人が不審に思いさらにクルミ入りの酒をのませると、信濃の守は「おれは寸白男なのだ」といって一匹の巨大なサナダムシになって逃げだしたが、途中で水になって消えてしまった。信濃の守の妻も子供も家来もびっくりしたが、しかたなく引き返していったという。

〇生霊
美濃尾張に行く途中の男が夜に道で女に出会う。女は「民部の大夫何某のところへいきたい」という。男は遠いからと断るが頼み込まれて案内する。すると女は「近江の国なになにの娘です」と名乗ってから消えてしまった。男がびっくりしていると案内した家のなかでだれかがなくなったらしい。夜が明けてから案内した家の近所に住む知り合いに聞いたところ、案内した家の主人が近江の奥方の生霊にとりつかれていたが、明け方近くになくなったという。
男は頭がいたくなり家にかえってニ三日ねていたがやっとでかけることにした。
近江の国を通ったので女が言い残した家にいくと、確かに本人がいて男のことを覚えているといってお礼の品をくれた。
下女の話では女は民部の大夫にすてられたそうだ。男は女はおそろしいと思いながら旅を続けるのだった。

〇蛇淫
ある夏の朝、若い女が近衛大路をあるいていて、急に用をたしたくなった。
がまんできなくて、道の端で用をたしていると動かなくなってしまう。供をしていた女童が泣き出してしまう。すると通りかかった男がみると、女の前の壁に穴がありヘビが顔をだしている。
これはヘビが女の用をたしているのをみて欲情し、女の正気を失わせているのだなと判断。
家来たちに石のようになった女を持ち上げさせるとヘビが壁からでてきたので刀で殺した。すると女は正気をとりもどしたので家来たちが家まで送っていった。
ヘビの淫欲をいたずらに刺激してはいけないという話である。


今昔物語(下)―マンガ日本の古典 (9)

今昔物語(下)―マンガ日本の古典 (9)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1996/01
  • メディア: 単行本



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今昔物語(上)―マンガ日本の古典 (8) [歴史]

読み聞かせ時間・・・中学生男子はこのシリーズ読まないって決めたようなので一人で読んでます。30分くらい
ウケ度・・・全然興味なかったようだ。
印象度・・・絵は、水木しげる。これもお話にあっていていいなあ。

話は、下ネタとか、気持ち悪いのとか多いので、あんまり好きじゃない人がいそう。
古典の問題にでるのは無難そうなのの方が多いから、あんまり取り上げられないんじゃないかな?

今昔物語の成立は12世紀前半と推測される。
31巻、1040話あるが、漫画では本朝部の仏法・世俗偏の説話を中心に23話が漫画になっていた。

〇入れ代わった魂
讃岐の国で病気の娘のために家の前に供え物をしている両親がいた。娘の魂を取りに来た死神は、供え物を食べてしまった恩を感じて、娘と同姓同名の娘の魂をもっていくことにする。娘の両親は一度死んだ娘が生き返ってびっくり。
しかし、エンマさまに入れ替えがばれて、やはり娘は死んでしまう。身代わりにつれてこられた娘が帰ろうとすると体はもう火葬されていてない。
しかたないので、最初の娘の体に返した。(一度は生き返ったので、娘の両親は火葬するのをためらっていたのだ)
こうして生き返った娘は、両方の家の両親に事情を説明し、両方の両親から大事にされた。

〇産女
産女というのはお産で死んだ女の妖怪のこと。
美濃の国の国府で武士たちが宿直の最中に産女の噂話をしている。
その中の一人、頼光四天王の一人平の季武(すえたけ)が産女など怖くないと言い出す。
そこで、産女のでるという渡にいくことになった。仲間たちはこっそりつけていった。
すると季武は見事に川をわたって、目印の矢を土手に刺し、戻ろうとする。
そこへ産女があらわれたが、季武はおちついて産女の赤子を奪って逃げかえる。
戻ると赤子は葉っぱになっていた。
仲間たちは季武の武勇に感動し、賭けていた武具などをさしだすが、季武は「戯言だ」と仲間たちに武具を返す。
あっぱれ。

〇妻の恨み
長年つれそった妻が離縁され、あばら家で男を恨んで死んでいった。
死体はいつまでもそのままである。
夫の方は、妻が自分を取り殺しにくると心配になり、高名な陰陽師に相談する。
すると陰陽師は死体のところへいき、背中にまたがっていろという。
夫は恐る恐るいうことをきくと、陰陽師は自分が戻るまでそのままでいろといって帰ってしまう。
やがて死体が動き出し、夫を探し回るがみつからない、やがて背中が重いとあばら家に戻って動かなくなった。
夫は自分の仕打ちを後悔し、戻ってきた陰陽師といっしょに妻の死体を弔った。

〇色事師平中
宮仕えの女なら知らぬものはいないというプレイボーイ。兵衛の佐平の定史通称平中は、意中の女がなびかないので、やけになってもう手紙を書くまいと決心するが、三月もたつとやはり心残りで、雨の夜に忍んでいくことにする。
うまく女の寝所までたどりついたが、女は襖の錠をかけてなかったウソをついて平中を油断させると、反対側から錠をかけていってしまった。平中は寝所でまちぼうけである。
ここまでされたら、相手を嫌いになろうと、女の排泄物(当時はハコを便器にしていた)を盗み出してみてやろとしたが、女が愛しいあまり排泄物までいとしくなって食べてしまう。その後、恋の病にふせってとうとう死んでしまった。世間の人は非難したが、色事師としては本望かも。

〇霊鬼
文徳天皇の妻、染殿の后にもののけがつき、天皇と父の藤原良房は加持祈祷をするがなかなかよくならない。
大和の葛城山で修業した聖人がよばれ祈祷すると、后にとりついていた老狐がでてきて、聖人は見事にこれをとりおさえた。
しかし后の姿を一目見た聖人は恋におちてしまい。襲い掛かったところを侍医の当麻の鴨継にみつかり捉えられる。
牢獄のなかでも「鬼になって后と情を通じてやる」といっているのを聞いた天皇と良房は恐ろしくなり聖人を修行していた山に返す。
しかし聖人は山で断食して見事に鬼に生まれ変わって后のところへやってくる。神通力で后は鬼のおもうままである。天皇と良房は以前に聖人をとりおさえた鴨継を呼びにいかせるが、すでに「鬼の祟り」と言い残して死んでいた。しかたなく大勢の高僧がよばれて祈祷をするが、三月ほどたったころ鬼はふたたびあらわれて后を思いのままにするのだった。
修行した聖人だから鬼になって人の心を惑わすことができたのだろう。

〇大江山の悪夢
大江山を馬にのった若い妻と、弓矢をもったその夫が越えようとしていた。
妻は盗賊の心配をしているが、夫はおれの武芸があるので大丈夫という。
途中で一人の男といっしょになる。その男は立派な太刀をもっていて、夫の弓と交換してやろうという。夫は大喜びするが、妻は不審がる。そのご、弓だけでは格好がわるいと、矢も二本もたせてくれというので、夫はそうする。
やがて昼時なので弁当をつかおうという話になるが、道端では格好が悪いからと奥の方に二人を誘い込み、馬から妻をおろそうとした夫に弓をつきつけてしばりあげてしまう。
その後妻を犯し、馬を盗って逃げて行った。
妻は「力もないのにいいきになるから」といいながら夫を助け「悪夢だと思って忘れましょう」というのだった。

〇老医師の恋
陰部に腫物ができた身分ありげな美しい女が老医師(くすし)典薬頭(てんやくのかみ)のところへやってくる。老医師は勝手に女に妄想しながら女の病気を治療する。
よくなってきて、そろそろ手をだろうかなというところで、女は「帰りはあなたの車でおくってね。そこで家も名前も教えるわ」とかいっておいてドロン。

〇かぶら男
ある男が京から東国に下る途中で女もいないところでしたくてたまらなくなり、畑のかぶらに穴をあけてことをしていった。
そのかぶらを畑の持ち主の娘が見て、急に食べたくなり食べてしまった。すると男の子が生まれた。娘は男のそばへも寄ったことがなく、両親は不審に思ったがそのまますぎた。
やがて、例の男が東国からの帰り道に畑のそばを通りかかり、家来にそのときを話をした、それを聞いた娘と母親は男をつかまえて事情を話した。みれば男の子は男に瓜二つ。
京へもどっても身寄りもいない男は、かわいい娘と子どもにひかれてこの地で暮らすことになった。

〇赤鼻の僧
京都は宇治の池尾に禅智内供という僧がいた。
学識は非凡で寺院の経営もうまかったが、鼻がものすごく大きくて赤かった。食べるときは大きなへらで鼻をもちあげるのだった。
内供は、やはり鼻がおおきすぎると考え、お湯で鼻をふやかして小僧たちに踏ませるとた中からたくさんの虫がでてきたので、小僧たちに毛抜きで虫をとらせた。すると鼻は小さくなった。
しかし、ニ三日すると鼻はもどってしまう。何度も繰り返しても同じで小僧たちも疲れてきた。
ある日、食事中に鼻をもちあげる小僧が寝込んでしまい、他のものが代わりをやっていると、ハエがやってきて、小僧はおおきなくしゃみをして、粥を内供の顔にぶちまけてしまう。内供は起こり、小僧たちは逃げだす。
そして「あれほど教養があるのに、鼻のこと1点にこだわりすぎて正しく分別できない、欠点を愛せばそれは欠点ではなくなるのに」と話すのだった。

〇酒泉郷
修験僧が大峰山で道に迷って人里にたどりつく。
そこは、花の咲くのどかな里で泉からは酒が湧き出していた。
村人たちは修験僧を長者らしき人の家につれていき食事をだす。食事もうまい。帰ったらこの理想郷をみなに教えてやろうと思っていると、「里の他のところを案内する」と連れ出される。
しかし、修験僧をつれだした男は里の秘密をまもるために修験僧を殺そうとする。
修験僧は自分を殺すと罪になると男を説得、秘密を守ると約束して生き延びる。
しかし、戻ると里のことをいいふらした。
多くの若者が隠れ里を探そうとしたが、戻ってこなかった。古老は、そのような理想郷はこの世ではないと語った。

〇堂の主
ある男女が「仲立の婆」の家で逢瀬をしていた。仲立の婆とは逢引の世話をする女のことである。
男は少し女にあきてきて、逢瀬の間があいた。しかし思い立ってでかけていくと、仲立の婆の家は来客で泊まれないという。
しかたなくすすめられた寂しいお堂で女と逢瀬をするが、夜中にお堂の主という物の怪があらわれでていけと言われる。
男女は急いで逃げ出すが、女の方はその後亡くなってしまった。それを聞いた男はふるえあがるのだった。
古いお堂で逢引などするものではない。


今昔物語(上)―マンガ日本の古典 (8)

今昔物語(上)―マンガ日本の古典 (8)

  • 作者: 水木 しげる
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1995/04
  • メディア: 単行本



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和泉式部日記―マンガ日本の古典 (6) [歴史]

読み聞かせ時間・・・中学生男子は表紙の感じだけで、いやな予感がしたのか読まなかった。
ウケ度・・・全然興味なかったようだ。
印象度・・・この絵はキャンディ・キャンディのいがらしゆみこさん。本当に絵が豪華。

和泉式部日記は、長保5年(1003年)の4月から翌年正月までの約10カ月におよび、和泉式部と敦道親王の恋の行方を147の贈答歌を中心にかいたもの。作者は和泉式部とするのが定説だが、男性との説もあるらしい。

思いっきり恋物語なんで、少女漫画の絵で描いているはいいのだが、どうしても絵が現代風なんで、恋しいのに胸の内は明かさない的な心のやりとりみたいのは、ちょっとわかりにくいかも。派手じゃないので。
物語には章立てはないが、漫画は章にわかれていて、出会い、いさかい、、願い、式部の見る夢となっていた。

和泉式部は夫ある身の上なのに、弾正宮(だんじょうのみや)こと為尊親王と恋におちた。
夫には離縁され、父親には勘当された。
しかし、為尊親王は都に疫病がはやるなか、和泉式部のもとへ通っていて病にかかり26歳の若さでなくなってしまう。

失意の和泉式部に文をよせてきたのは弟宮の敦道親王だった。
和泉式部26歳、親王は23歳。
親王には北の方がいたが心が通っていないと感じていた親王は和泉式部に惹かれ、和泉式部も恋人の面影をもとめて二人はひかれあう。

一度は逢瀬をしたものの、お互いに相手の気持ちをはかりかねて、一度は冷めた仲になってしまう。和泉式部は要するにモテる人で、恋の噂は絶えなかったことで、宮は疑心暗鬼になるし、北の方の親族からも止められる。
和泉式部の方も親王にひかれている気持ちを素直に表現できない。
いっそ出家しようかと石山寺にいくが、宮からの文をみて思いきれない。
それでもやはり相手を思い切ることができないのである。

9月も終わり、和泉式部は自分の気持ちに素直になることを決意。
二人の仲は深まるが、うわさがたつようになる。
和泉式部のもとに通えなくなることを心配した宮は、宮中で自分に仕えるようにすすめ、和泉式部もわずらわしさをおさえて、宮のためだけにおそばにいくことにする。
宮中では宮が気を使ってくれる。しかし北の方との摩擦はさけられない。
北の方が怒って姉(東宮の妻になっている)のところへいってしまう描写も。

二人は幸せに暮らしたが4年後に敦道親王は病没。
しばらくしてから和泉式部は中宮影子に仕え、和歌の才能を開花させ、恋のうわさもたえなかった。
藤原道長の世話で藤原保昌の妻になるが、それでも恋の噂の絶えない人だった。
50歳ごろに最初の結婚で授かった小式部内侍が病没。
和泉式部の晩年は不明である。

漫画では「式部のみた夢」という終章をつくり、亡くなった和泉式部が老婆の姿で恋人だった二人の親王に会いにいくというシーンがつけられていた。


和泉式部日記―マンガ日本の古典 (6)

和泉式部日記―マンガ日本の古典 (6)

  • 作者: いがらし ゆみこ
  • 出版社/メーカー: 中央公論社
  • 発売日: 1997/05
  • メディア: 単行本



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